日本郵便の点呼不備問題が浮上:発覚から行政処分まで

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日本郵便で、ドライバーの「点呼」(乗務前後の健康状態や酒気帯びの有無の確認)が適切に行われていなかった問題が明らかになりました。この問題の発覚から社内調査、記者会見、そして国土交通省による特別監査と処分案に至るまでの経緯を、一般読者向けに分かりやすく解説します。

問題の発覚 – いつ、どこで、どのように?

この点呼不備問題が最初に表面化したのは2025年1月下旬のことです。兵庫県内のある郵便局(兵庫県小野市の小野郵便局)で、「長期間にわたり点呼を実施せず、実施したかのように記録を偽装していた」との内部通報が本社に寄せられました。点呼は法律で義務付けられた安全確認手続きで、本来は郵便局長など管理者が運転手と対面し健康状態や飲酒の有無をチェックして記録するものです。しかし、この郵便局では繁忙期になると点呼を省略し、帳簿上だけ「実施済み」にしていたといいます。

本社はただちに調査班を派遣し、まず近畿地方の郵便局を緊急調査しました。その結果、わずか1週間で140局もの郵便局で同様の点呼不備が発覚しました。これは「一局だけの問題では済まない」と判断され、社内調査の範囲は全国へと広がることになります。

社内調査で判明した全国的な実態

日本郵便は2025年3月初旬から約6週間かけて、全国すべての集配郵便局(計3,188局)を対象に点呼業務の実態調査を実施しました。各局の点呼記録簿やアルコール検知器の記録の確認、現場職員への聞き取りなどを行ったところ、その結果は極めて深刻なものでした。4月23日にまとめられた社内報告書によれば、以下のような不正・不備の実態が明らかになったのです。

  • 調査対象局数:3,188局(全国の集配郵便局すべて)
  • 不適切な点呼が確認された局数:2,391局(全体の約75%)
  • 確認された不適切点呼の延べ件数:約15万1,000件(全点呼57万8,000件中の約26%)

不適切と判定された事例の内容も様々でした。「点呼自体を全く実施しない」ケースをはじめ、「管理者がいるときだけ形だけ行う」、「業務が忙しい時は省略する」、「乗務前だけ点呼して乗務後は行わない」、「点呼していないのに記録簿を虚偽記載する(偽造する)」といった具合に、全国各地で点呼業務が形骸化・抜け落ちていたことが確認されています。特に北陸・北海道・九州などの地方では不備率が80%台後半に達しており、問題が全国規模で蔓延していたことが浮き彫りになりました。

日本郵便の記者会見 – 調査結果と再発防止策

2025年4月23日、日本郵便は調査結果の公表に合わせて東京都内で記者会見を開きました。記者会見で千田哲也社長は深く頭を下げ、「関係者の皆様に大変なご心配とご迷惑をおかけした」と謝罪しました。そして、「点呼と運送がセットであるという意識を持ち順守すべきところ、会社全体でその意識が希薄化していた」と述べ、現場の安全意識が全社的に緩んでいた実態を認めました。帳簿上点呼済みとされていれば本社・支社も追及をせず安心してしまっていたといい、「書類が整っていれば点呼もできていると思い込み、それ以上追及できていなかった。ガバナンス(統治)欠如であり、経営者として反省している」と、自ら管理責任に言及しています。

さらに千田社長は、今回判明した問題は氷山の一角に過ぎない可能性があるとも述べました。「まだ氷山の一角という可能性が大いにある。実態をしっかり把握して、本当の主因は何かを突き止め、すべて洗い出していかなければならない」と語り、全社を挙げて再発防止策に取り組む強い姿勢を示しました。社内では今回の事態を受けて原因分析が行われ、「人手不足による業務逼迫」や「帳簿チェック偏重で現場を見ていなかったガバナンスの緩み」、「社内規定の不明確さ(電話点呼や自己点呼を許容するような曖昧な表現)」といった要因が指摘されています。

日本郵便は記者会見で、こうした原因を踏まえた再発防止策も説明しました。その柱となるのは、①現場の意識改革②ガバナンス(監査体制)の強化③点呼手続きのデジタル化④本社・支社によるモニタリングの徹底といった取り組みです。具体的には、アルコール検知を含む点呼フローの見直しやデジタル機器の導入、支社による各郵便局への継続的指導などを通じて、「確実な点呼の実施」を全社的に再徹底していく方針が示されました。「二度とこのような事態を起こさぬよう全社一丸となって取り組み、一日でも早く信頼を取り戻せるよう全力を尽くす」として、企業風土の改革と安全最優先の姿勢を打ち出しています。

国交省の立ち入り検査・特別監査

日本郵便の調査報告と同じ2025年4月23日、所管官庁である国土交通省は事態を重く見て動き出しました。国交省は貨物自動車運送事業法に基づき、日本郵便に対する「特別監査」の実施を決定し、4月25日から全国の郵便局への立ち入り検査を開始しました。初日の4月25日には関東運輸局の職員らが東京都港区の高輪郵便局に立ち入り、帳簿類の確認だけでなく現場で運転手に実際にアルコール検知器を吹かせて数値を確かめたり、運行日報や車両のGPSデータと照合したりするなど、「机上(書類)のチェックだけでなく現場を見る監査」へと舵を切りました。国交省は今後、問題のあった全国119局(日本郵便が一般貨物自動車の運送事業許可を受けてトラック・ワンボックス車を運行している郵便局)すべてで順次同様の監査を行い、違反の内容を精査した上で局ごとに「車両使用停止」など厳正な行政処分を検討する方針を示しました。

特別監査の過程で、違反の深刻さが改めて浮き彫りになりました。監査対象となったのはトラックや大型バンを運行する119郵便局ですが、これは日本郵便が国から許可を受けて営業用トラックを走らせている拠点です。同法では違反点数が一定値(累積81点)を超えると事業許可が取り消しになる仕組みがあるため、国交省はこれら許可対象の局を重点的に調べました。監査が進むにつれ、各局での違反の積み上がり具合が数値で示されますが、特に関東運輸局管内では5月末時点で累積違反点数が200点を超える事態となりました。これは許可取消し基準の約2.5倍にあたり、「点呼未実施1回につき2~10点、虚偽記録1回で6点加点」という違反点制度の下で、不正が日常化していた局ほど雪だるま式に点数が跳ね上がった」ことを意味します。最終的に119局中6割以上の局で法令違反が認定され、地方の一運輸局(ブロック)だけでも基準点超過に至るなど、組織的な違反の深刻さが裏付けられました。

国交省による処分案 – 許可取消しの内容とスケジュール

国土交通省は特別監査の結果を踏まえ、異例の厳しい行政処分に踏み切りました。2025年6月5日付で、日本郵便に対し一般貨物自動車運送事業の許可を取り消す処分案を正式に通知したのです。この処分案に基づく聴聞会(弁明の機会)は6月18日に開催され、日本郵便側は「不服など申し上げる立場ではない」として処分を受け入れる意向を示しました。処分案の対象となったのは、日本郵便が保有する営業用トラック・輸送用車両のうち車両総重量1トン以上の約2,500台に上ります。具体的には、郵便局間の幹線輸送や都市部の大型郵便局での荷物集配に使われている中型・大型トラック、ワンボックス車両が該当します。仮に許可取消し処分が正式決定すると、これら約2,500台の車両は法的に運行できなくなり、事業許可の再取得も取り消し日から5年間は不可能となります。

この「事業許可取消し」は、貨物自動車運送事業法に定められた中で最も重い行政処分です。違反が極めて悪質・多発した場合にのみ適用される措置であり、全国規模で多数のトラックを運行する大手事業者に対して適用されるのは極めて異例です。郵便事業の歴史においても類例のない最重の処分であり、国交省が「安全軽視の企業を決して容認しない」という強いメッセージを示したものと受け止められています。処分案の通知を受けた日本郵便は6月17日付で正式に処分受け入れを表明し、同日には千田社長が緊急の記者会見を開いて改めて謝罪しました。社長は自ら役員報酬の減額(3ヶ月間40%減)等の社内処分を発表するとともに、「行政処分を厳粛に受け止め、二度とこのような事態を起こさないよう全社で取り組む」と述べ、信頼回復に向けた決意を示しました。

日本郵便では許可取消しによって生じる影響への対応策も検討されています。対象の約2,500台の車両が運行停止となった場合でも、郵便・荷物(ゆうパック等)の配送サービスに支障を出さないよう、自社の軽貨物車(軽自動車)約32,000台やグループ会社・他の運送会社への輸送委託によって代替し、「郵便物等のサービスを確実かつ適切に提供し続ける」方針です。国交省による正式処分は2025年6月下旬にも下され、日本郵便は厳しい制裁の下で再発防止策を実行に移しつつ、安全最優先の企業文化への立て直しを迫られることになります。

Sources:

  • 朝日新聞デジタル:【不適切点呼、全国2391郵便局で確認 日本郵便が全国調査を公表】
  • 朝日新聞デジタル:【日本郵便社長が謝罪「実態把握、氷山の一角」 運転手点呼問題】
  • 日本郵便 いまさら聞けない自治体ニュース:【日本郵便の事業許可取り消しって何が起きたの?――わかりやすく解説します】
  • 国土交通省 特別監査に関する報道(朝日新聞):【日本郵便の特別監査開始 不適切点呼で国交省 高輪郵便局に立ち入り】
  • 日本郵便 プレスリリース:【点呼業務不備事案に関する行政処分及び当社の対応について】
  • Impress Watch:【日本郵便、点呼不備で行政処分 配達は他社委託で影響抑制】
  • Logistics Today:【日本郵便の貨物運送許可取消へ、国交省方針固める】
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